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[Deeplog - ディープログ] 管理人のアンテナに引っかかったネタを徒然書いています。広告・アート・音楽・ファッションが中心です。
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言葉の解釈
人生を送る上で、やる気を引き起こしたり
考える指標になる「良い言葉というものがある。

特にビジネスにおいては、こういうメンター的な言葉
非常に有り難がられ、みんな必死に自分が必要とする言葉を探している。

これらの"言葉"は、深い洞察のもとに生まれているから、
言葉自体にパワーを持っている。

でも、この"言葉"を自分に都合よく解釈して、
自分の弱みを正当化してしまう場面をたまに見かける。


例えば「捨てる勇気」という言葉。

経営を立て直すとき等に、やるべき仕事とやらない仕事を
キッチリと選択し、やるべき仕事に対して人もお金も徹底的に集中させる。
その際に、やらない仕事を決めることが最も重要で勇気が要る。
この言葉はそういう意味。

今で言うとライブドアがこの言葉を体現していると思う。

でも、思いつきで始めた何かが計画不足で頓挫したとして、
止める理由を「捨てる勇気」という言葉で正当化したら、
それは違う。


他には「決断する力」と言う言葉。

主に経営者等のリーダーシップを取る人は、
リスクを伴ってでも決断しなければならない時がある。

「決断する力」が意味を成すのは、目の前にリスクがあっても、
その先にあるハッピーな結末が構想できているとき。

当然、自分のわがままを押し通すときに使う言葉じゃないし、
行く先の成功が見えてなければ意味がない。
「決断する力」と言う言葉を乱用することで、
単なる「決定」「英断」に昇華させるのはあまりいい気がしない。


言葉というものは都合の良いもので、
どんな人にもピッタリフィットしてくれる。

でも正しくフィットさせないと、
絶対にその言葉は正しく機能しない。





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